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千葉地方裁判所松戸支部 昭和40年(ワ)99号 判決

主文

被告両名は連帯して

原告福田うめに対して、金九五万二、三六〇円、原告福田きみ、同福田米子、同高橋八重子に対して、それぞれ金五〇万一、五七六円を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一、原告四名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告福田うめは訴外福田八郎の妻、原告福田きみは長女、同米子は三女、同高橋八重子は四女であり、被告川崎幸助は被告藤倉八郎の被用者であつて通称ダンプカーと称せられる大型貨物自動車(千一せ四七六六号)の運転業務に従事している者である。

二、しかるところ被告川崎は昭和四〇年六月二三日午後三時三〇分頃千葉県東葛飾郡流山町下花輪一二二五番地先路上を野田市方面より松戸方面に向け前記自動車を運転進行中右路上附近に於て折から右国道を同方面に向け自転車で進行中の訴外福田八郎に対し対面車両の運行に気をうばわれ右自動車の左前部を追突させ同人を路上にてん倒させた上頭蓋骨々折及び胸部打撲傷の傷害を与え右傷害により翌二四日千葉県東葛飾郡流山町三丁目六〇番地山崎泰治病院に於て前記福田八郎を死に至らしめた。

三、ところで訴外八郎の右死亡は全く被告川崎幸助の過失に基くものである。すなわち被告川崎幸助は運転者として事故を未然に防止するため前方を注視して常に万一の場合に対処することができるよう安全に自動車を運行する等の業務上の注意義務を怠り、対向車両の運行に気をうばわれ前方を注視せずに同路上の最も左側を運転していた訴外八郎の自転車に対し追突せしめもつて本件事故を惹起せしめた。而して被告川崎幸助の右行為は、藤倉八郎の業務執行中のできごとである。

従つて被告藤倉八郎は被告川崎幸助の使用者として、被告川崎は不法行為者として本件衝突事故により訴外福田八郎および原告等の被つた損害を賠償すべき義務がある。

四、損害額

(1)  訴外福田八郎の損害

訴外福田八郎は前記死亡当時満六二才であつて昭和二五年頃より、自転車を使用して野菜の小売卸販売を行つていたもので毎月四万五〇〇〇円の収入をあげ生活費として毎月二万五〇〇〇円を要していたので純利益は毎月二万円で年額金二四万円である。ところで右八郎の残存稼働年数について考えてみると厚生省発表の第一〇回生命表によれば満六二才の男子の平均余命は一三年(端数切捨てる)となつている。ところで人は、特段の事情なき限り平均余命を稼動し得るものと解するを相当とする。そうすれば訴外八郎の残存稼働年数は右平均余命と同年の一三年であつたというべきである。よつて以上の条件のもとホフマン式に従つて計算すると訴外八郎が前記死亡によつて喪失した得べかりし利益の現在額は左の如く金二三五万七〇八一円(端数切捨て)となる。しかし同人の右死亡に対しては自動車損害賠償責任保険により金一〇〇万円の保険給付が昭和四〇年八月二六日なされたからこれを差引き結局金一三五万七〇八一円が前記八郎の損害となつた。

しかる処原告うめは配偶者として右訴外八郎の損害賠償請求権の三分の一、原告きみ、同米子、同高橋八重子は子供として各々九分の二あて相続人としてそれぞれ承継取得したわけであり即ち原告うめは金四五万二三六〇円原告きみ、同米子、同高橋八重子はそれぞれ金二〇万二〇四八円取得したことになる。

(2)  原告等の損害

イ 原告福田うめは本件衝突事故により訴外福田八郎の葬式費として金一〇万円を支出した。

ロ 慰藉料

訴外八郎は原告うめにとつては夫でありその他の原告にとつては父親である。同人を失つたことにより原告うめは、今後の生活上の問題もさることながらその受けた精神的苦痛は甚大である。

又他の原告に於ても原告きみ、同米子は右八郎と一諸に同居し生活しており、その収入によつて生活を継続していた状態で精神的苦痛もやはり甚大といはなくてはならない。

それ故原告等の本件衝突事故により被つた精神的打撃を慰藉するために原告うめに対してはすくなくとも金三五万円その他の原告に対しては各自すくなくとも金二〇万円を必要とする。

五、よつて原告福田うめは被告両名に対し前記相続による損害賠償請求権金四五万二三六〇円、右葬式費金一〇万円及び右慰藉料金三五万円合計金九〇万二三六〇円、原告福田きみ、同米子、同高橋八重子は被告両名に対しそれぞれ前記損害賠償請求権金三〇万一五七六円及び右慰藉料金二〇万円合計金五〇万一五七六円の各支払を求める。

第二、被告等は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、請求原因に対する答弁ならびに抗弁として、次のとおり述べた。

一、原告等の請求原因は認めるが、被告川崎は、被告藤倉と賃金契約の下に、車両持込みで、一台の運賃支払契約にもとずいて、働いていたものである。すなわち、被告藤倉が仕事を請負い被告川崎が下請負で、例えば、被告藤倉が一立米八〇〇円で砂利を買上げ、これを二〇円か三〇円の手数料をとつて、被告川崎に運搬させる関係であつた。

二、訴外福田八郎の死亡事故は認める。

三、訴外亡福田八郎の蒙つた損害額、原告福田うめの支払つた葬儀費用額は、いずれも不知、慰藉料は、被告藤倉は支払う意思はない。

四、当時被告川崎は、松戸方面に進行中、訴外福田八郎が、道路左側を自転車に乗り荷台に幅三尺位、横一尺位の荷籠をつけて進行するのを認め、警笛を鳴らしたところ、後を見て突然、道路の中央方向右に自転車のハンドルを切つたため、被告川崎は危険を感じ、急拠右にハンドルを切り避けんとしたが、荷籠に接触したため、本件事故が発生した。

訴外亡福田八郎は、事故当時飲酒しており、かつ、年齢的に過重な米一斗、小豆五升、卵一箱、胡瓜一箱を荷台に積んでいたため、安全な運転をなしえなかつたものである。

第三、原告四名訴訟代理人は、請求原因を左のとおり補足陳述した。

一、原告等は、従前の主張に附加して藤倉は自動車損害賠償保障法第三条の所謂運行供用者に該当し、同法の適用により本件交通事故に基づく損害を賠償する責を負うべきである旨の主張をする。

運行供用者のメルクマールとして、当該事故を惹起した自動車の運行につき支配権を有する者か又は当該自動車の運行により得られる利益の帰属者であることを要求するのが判例の原則的立場であるが、本件においては、藤倉は右二つの要件を共に充足しているので運行供用者に該当することは明白である。

以下原告等の主張を詳述する。

(一)  藤倉は本件自動車の運行支配者である。

川崎は、藤倉の指図にもとづいて、一定量の砂利を購入し、これを指示された納入先に運搬することにより、砂利の時価に関係なく砂利一立方メートル当り定額の金銭を受領していた。(川崎の当事者尋問の結果)しかし右川崎が砂利を購入した旨の部分は、川崎が自己の資金で購入したと見るべきではない。蓋し、川崎が自己の資金で砂利を購入したのであれば、納入先から売却代金の支払を受けず、藤倉から砂利の時価に関係なく一立方メートル当り一定額の金銭の支払いを受けるだけでは購入費の回収すらも不可能となるはずだからである。川崎は、同人の当事者尋問の結果において、時には藤倉の伝票で購入した旨述べているが、事実は全ての購入につき、藤倉が自己の計算で行ない且つ販売自体も藤倉が行つていたものであり、川崎は、購入先、納入先間の運搬をし砂利一立方メートル当り一定額の賃金を受領していたに過ぎないと見るのが最も自然である。(被告等は、その答弁書の請求原因に対する答弁第一項に於て、両者間に賃金契約のあつた事実を自認している)。

又川崎の当事者尋問の結果によれば、川崎は自己の得意先を持たず専ら藤倉の見付けた先に藤倉の指示に基き、その都度納入していたのであり、まさに本件事故は藤倉の指示に基く運行途上の事故である。さらに本件自動車の車体側面には、ペンキで藤倉商店と書れていたのである。以上の事実を綜合して判断すれば、川崎が同人名義で本件自動車を所有し、藤倉から独立した砂利運送業者であるかのような外観を呈しているが、事実はそうではなく川崎は藤倉に専従して砂利運搬を行うことにより、その労働に応じた対価を得ていたと言うべく、川崎の本件自動車の運行は、少くとも事実上藤倉の支配権の下にあつたと言うべきである。因に、運行供用者のメルクマールの一つである運行支配は事実上のものであれば足りることについて異論はない。

(二)  藤倉は本件自動車の運行利益の帰属者である。

藤倉は、前述したように、川崎に指示を与えて砂利を運搬させ、それを売却して利益を得て、その利益も一定の賃金額を被告川崎に支払い、残り全額であり利益の危険負担を藤倉が負つているのであるから本件自動車の運行により利益を得ている者である。

(三)  本件自動車の所有者について

本件自動車の所有の有無で右藤倉の責任の帰属の消長には後述する如く何等変化はないのであるが、砂利業者がよくとる自己の利益の享受に執心しそれを応ずる義務を免れようとしている本事件の様な形態は社会正義上から考えても許さるべきではない。

以下その実体について検討してみると本件自動車の所有名義は川崎になつているが、これは川崎が事故を起した際の自己の責任を藤倉が何かしら免れようとする仮装の登録の疑いが濃いと言わなければならない。

甲第三号証の三(川崎の司法警察員に対する供述調書)によれば、川崎は同人の月収は多い時で六、七万円少ない時で三万五、六〇〇〇円である旨供述しているのであり、もし仮に同人の月平均収入を五万円とすると、その中から生活費をまかない且つ本件自動車代金の割賦金を支払つて行くことはとうてい不可能である。右事実からして本件自動車は藤倉が購入したもので、万一生ずべき損害賠償責任を免れるために川崎名義で登録したと見るのが最も事理に適つた見方である。

しかし一方形式的にも実質的にも本件自動車が川崎の所有であるとしても、自動車の所有者の自賠法に所謂運行供用者とは一致する必要はないのであり、それどころか運行供用者と言う概念は、当該自動車の所有者ではないが当該自動車の運行に対する支配権を有する者に、損害賠償責任を負わせて、交通事故による被害者を保護しようとする立法趣旨から創設されたものであつて、両者一致しないところに運行供用者と言う概念の特質があるのであるから、本件に於ても藤倉が運行供用者であることは、川崎が本件自動車の所有者であることにより何等妨げられるものではない。

二、藤倉に対する不法行為による使用者責任の主張は、従前通りこれを維持する。

前項一に於て、藤倉と川崎の関係について詳述したが、藤倉は砂利販売業を営む者であり、川崎は同人の指揮監督の下に専従し労働している者である。川崎が藤倉から受領している砂利一立方メートル当り一定額の金員は、その労働に応じた歩合給と見るべきものであつて右両名は使用者と被用者の関係にあると言うべきである。又藤倉はその賃金関係を認めているのである。さらに被告等は、その答弁書の請求原因に対する答弁第一項に於て原告の請求原因事実を認める旨の答弁をしているのであるから藤倉が川崎の使用者であることを自白したと言わなければならない。従つて藤倉は使用者としての責任は免れ得ないものである。

第四、立証関係 〔略〕

理由

一、〔証拠略〕によれば、原告うめは、訴外福田八郎の妻、原告きみは、その長女、同米子は三女、同高橋八重子は、四女であると認められる。

二、訴外亡福田八郎が、昭和四〇年六月二三日午後三時三〇分頃、千葉県東葛飾郡流山町下花輪一、二二五番地先路上で、被告川崎の過失により、その運転していた大型貨物自動車(通称ダンプカー、千一せ四七六六号)にはねられて死亡したことは当事者間に争いがない。もつとも、被告等は被害者の側にも、飲酒の上、老齢なのに過重な荷物を自転車に積んで走つていたため、安全運転しえなかつた過失があつた、と主張している。けれども、〔証拠略〕を総合すると、被告川崎は、「危険に思い、クラクシヨンをプープー鳴らしたら、自転車に乗つた人はうしろを振り向くような様子でした。私は危険に思い急ブレーキをかけつつハンドルを右に切りましたが間に合わずヽヽヽバンバーの右側角を自転車の後部泥除に追突させて仕舞いました」、ということで、被害者の側から追突の危険を増大させるような所作は見出しえず、右交通事故は被告川崎の一方的な過失に帰因するものである、と認められる。

三、次に被告等は、被告川崎は本件自動車の所有者で、被告藤倉方に、車両持ち込みで働いていたものである、と主張している。

けれども被告本人川崎幸助尋問の結果によると、被告川崎は、被告藤倉の指図にもとずいて、一定量の砂利を購入し、これを指示された納入先に運搬することにより、砂利一立方米当り、一定額の金銭を受領していた。また、被告川崎は、自己の得意先を持たず、もつぱら被告藤倉の見つけて来た納入先に、同被告の指示にもとずき、その都度納入していたのであり、本件事故もこのような被告藤倉の指示にもとずく運行途上の事故であつて、更に、本件自動車の車体側面には、ペンキで藤倉商店と被告藤倉の商号が書かれていた、各事実を認めることができる。

右認定事実によれば、仮りに本件自動車の所有権が形式上も実質的にも、被告川崎に帰属するものであつても、被告藤倉は、右自動車のいわゆる運行支配者であり、右運行による利益の帰属者であつたと認められる。したがつて、被告藤倉は自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる運行供用者に該当し、同法の適用により、本件交通事故に基づく損害の賠償の責に任ずべきもの、といわなければならない。

四、次に、〔証拠略〕によると、

(一)  原告福田うめは、葬儀費用として合計一〇万四八五円を支出した。

(二)  訴外亡福田八郎は、自転車を利用して、野菜の小売卸販売を行つており、その月収は四万五〇〇〇円から五万円位その中同人の生活費には二万五〇〇〇円位必要としていたので、月の純収入は二万円位であつた。(この点について、〔証拠略〕は、上記原告本人等の尋問の結果に照らし、にわかに措信しがたいものがある。)

(三)  更に、本件事故により、六五才になる妻の原告福田うめは、もつとも強いシヨツクを受けたが、原告福田きみは、精神薄弱で働けないため、原告福田きみが生計を負担することとなつたが、将来の生活方針には暗たんたるものがあり、原告高橋八重子を加え、姉妹達の受けた精神的衝撃も強かつた。

各事実を認めることができる。

五、したがつて、本件交通事故により

(一)  原告福田うめにおいては、その支出した葬式費用の金一〇万円の損害を受けた。

(二)  訴外亡福田八郎の一ケ月の純収入は金二万円であつたと認められるが、死亡当時六三才であつた右八郎の残存稼動年数は、厚生省発表の第一〇回生命表によると、満六二才の男子の平均余命は、一三年強となつているから訴外八郎が前記死亡によつて喪失した得べかりし利益は、ホフマン式にしたがつて計算すると、二三五万七〇八一円となる。

(三)  夫あるいは父の事故死により、原告等は、上記認定のとおり精神的苦痛を加えられたものであるが、これに対する慰藉料額は、原告うめについては金三五万円、その余の原告については、それぞれ金二〇万円が相当と認められる。

六、そして、右の中訴外亡福田八郎の蒙つた得べかりし利益の喪失による金二三五万七〇八一円の損害賠償請求権は、配偶者である原告うめにおいては三分の一、その子であるその他の原告三名においては、それぞれその九分の二分を相続人として承継取得したわけであるが、原告等は、右同人の死亡により、保険金一〇〇万円の支給を受けているから、右金額を控除した金一三五万七〇八一円中原告うめは金四五万二三六〇円、その他の各原告はそれぞれ金三〇万一五七六円を承継取得したことになる。

七、よつて、原告うめにおいて、前記相続による損害賠償請求権金四五万二三六〇円、上記葬式費用金一〇万円および慰藉料金三五万円、合計金九〇万二、三六〇円、その他の各原告において、それぞれ前記損害賠償請求権金三〇万一五七六円および慰藉料金二〇万円の合計金額五〇万一五七六円について、被告等連帯の上各支払を求める本訴請求は、いずれも理由があるから、正当として認容することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、同第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎昇)

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